従業員にとって毎年の恒例行事である年末調整。これまでの年末調整は、生命保険料などの控除証明書を書面で受け取り、それをもとに手書きで申告書を作成し、その書類を勤務先に提出するという手続きが一般的でした。要するに、年末調整に関わる一連の手続きは紙の書類を使用して行われていました。しかし、事務処理の効率化や年末調整の迅速かつ適切な処理を目的として、令和2年分(2020年10月以降)から年末調整手続きの電子化がついにスタートしました。
年末調整の手続きが電子化されることで、経理担当者の手間が減る以外にも紙媒体の保管が不要になるなど、さまざまなメリットが生まれます。
そこで当コラムでは、新たな電子化システムがスタートすることで、企業が備えておくべきポイントについて解説していきます。
年末調整とは
年末調整とは、年間の所得税額を算出し、差額を調整する手続きのことを指します。
従業員の場合、給与やボーナス、賞与などから毎月所得税が差し引かれます。これが「源泉徴収」と呼ばれるものです。ただし、源泉徴収として毎月天引きされる所得税額は、その年の想定年収から大体の見積もりで計算されたものです。そのため、実際に支払うべき所得税額とのずれが生じることがあります。
年末になると、このずれを修正するために年末調整が行われます。具体的には、従業員の実際の年収をもとに正確な所得税額を再計算し、差額を調整します。もし差額が不足していれば、足りない分が追加徴収として給料から差し引かれます。逆に、余っていれば所得税の還付が行われます。
年末調整は、従業員と雇用主の双方にとって公平な納税を確保するための重要な手続きです。正確な所得税額を計算して、適切な調整を行うことで、税金に関するトラブルや不満を未然に防ぐことができます。
年末調整の電子化とは?電子化は義務なの?
年末調整の電子化とは?
年末調整の電子化は、従業員と企業側の両者の手続きを効率化するための取り組みです。
具体的には、従業員側は控除証明書などを電子データで取得し、それを活用して申請書を作成します。一方、企業側は、従業員が提出した申告書と控除証明書のデータを受け取り、年税額等の計算を行います。
これにより、従来の煩雑な紙ベースの手続きと比較して、効率的なデータ処理が実現できるため、両者の業務負担を軽減することができます。
電子化は義務なの?
年末調整の電子化は、平成30年度の税制改正により始まりましたが、電子化するかどうかは基本的に企業の判断に委ねられています。 しかしながら、令和3年1月の申告分から、一部の企業に対して電子化が義務付けられました。対象となる企業は、前々年に提出した法定調書が「100枚以上」ある企業です。
法定調書とは、所得税法や相続税法などによって税務署へ提出が求められている書類のことを指し、その中には年末調整に関わる給与所得の源泉徴収票なども含まれます。
条件を満たしてから実際に電子化が必要になるまでには約2年の期間がありますが、年末調整手続きを電子データとして処理するためには、事前の準備や環境の整備を整える必要があります。そのため、早めに対策を取ることをおすすめします。
参考:法定調書の提出枚数が100枚以上の場合のe-Tax、光ディスク等又はクラウド等による提出義務
年末調整手続きの電子化に向けた準備について
先述したように、年末調整手続きを電子化するには、事前の準備が必要です。ここでは、企業側と従業員側の双方が事前に準備しておくべきポイントについてご紹介いたします。
【企業側の準備】
①電子化する範囲の検討
年末調整に関わる手続きは多岐にわたるため、すべての作業を電子化する必要はありません。もちろん完全に電子化することが最も効率的ですが、一部を電子化することでも作業の効率性を向上させることができます。会社の状況に応じて、どの作業を電子化するか検討しましょう。
②電子化の手続き方法の検討
年末調整をオンライン上で行う際には、専用のソフトウェアを使用する必要があります。国税庁では、「年末調整控除申請書作成用ソフトウェア」を無料で提供していますが、同様の機能を持つ民間のソフトウェアも市販されています。そのため、どのシステムを利用するか検討しましょう。
③従業員への通知
法令上、年末調整手続きを電子化するにあたり、従業員から事前に同意を得る必要はありません。ただし、従業員側にも電子化に向けた事前準備が求められるため、早めに従業員に周知する必要があります。特に電子化の初年度においては、マイナンバーカードの取得が必要なケースもあるため、年末調整時期の2ヶ月前には周知することをおすすめします。
④給与システムの改修
年末調整を行うためには、給与システムにデータを取り込むことが必要です。もし、お使いの給与システムがデータの取り込みに対応していない場合は、システムを改修する必要があります。
【従業員側の準備】
①控除証明書等をデータで取得する
これまでは、保険会社などから控除証明書を郵送で受け取ることが一般的でしたが、今後はこれらの情報をデータで取得する必要があります。具体的な取得方法として、マイナポータルを使用する方法と、保険会社などのウェブサイトから直接取得する方法の2つがあります。ただし、マイナポータルを使用する際は、マイナンバーカードが必要となるため、注意しましょう。
②専用のソフトウェアを入手する
会社から指定された年末調整に必要な専用のソフトウェアを、ご自身のパソコンまたはスマートフォンにインストールしましょう。
国税庁のウェブサイトでは、年末調整の電子化に関するより詳細な情報が掲載されていますので、ぜひこちらもご参考にしてください。
年末調整手続きの電子化によるメリット
年末調整手続きを電子化することは、従業員と雇用主側の双方にメリットをもたらします。
▼従業員側のメリット
①正確な申告書を効率的に作成できる
以前は手書きで申請書を作成する必要があったため、控除額を自分で計算するなど、作成には手間と労力がかかっていました。しかし、電子化することにより、従業員はオンライン上で全ての手続きを行うことができます。これにより、記入漏れや控除額の計算ミスといった人為的なエラーが減少し、正確な控除申告書を効率的に作成できるようになります。
②控除証明書のデータでの取り扱いが可能になる
保険会社などから受け取る控除証明書を紛失してしまい、慌てて再発行を依頼した経験のある方も多いのではないでしょうか。年末調整手続きを電子化することで、控除証明書をデータとして簡単に取得することが可能になります。このデータは控除申請書に直接インポートできるため、複雑な転記作業が不要です。
▼雇用主側のメリット
①経理担当者の負担を軽減できる
従業員が専用ソフトを使用して申告書を作成することで、経理担当者は控除額の検算が不要となるほか、添付書類の確認などの事務作業を大幅に削減でき、業務の効率化が図られます。
②書類保管コストを削減できる
申請書類や控除書類などは、法律により7年間の保存が義務付けられており、書類の保管スペースや管理に手間と労力を要していました。しかし、電子化の導入に伴い、物理的な保管スペースの必要性が軽減されました。さらに、デジタル文書は適切に管理されることで、検索や整理が容易になり、必要な情報を迅速に取得することが可能です。
まとめ
年末調整手続きの電子化は、従業員や企業に数多くの利点をもたらします。環境の整備など導入に際しての課題はもちろん存在しますが、今後は時代の流れから、年末調整の電子化が義務化される企業は増えていくと予想されます。年末調整の煩雑な手続きを正確かつ迅速に実施するためにも、国税庁が提供する情報を有効に活用しながら、電子化に取り組むことを検討してみるのはいかがでしょうか。